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Part.2
《これまでの病歴はこちら》

2004.1月7日(水)〜2004.2月6日(金)
肺血栓になり、国立療養所・近畿中央病院に入院。

《入院日の様子は、こちら》

2003.12月18日(木)〜2003.12月29日(月)
インフルエンザこじらせて、肺炎になり清恵会病院に入院。

《入院日の様子は、こちら》

2003.11月18日(火)
エコー検査を受ける。

今日は、エコーの検査だった。体にたくさんのゼリーを塗って、超音波で体の中を探るのだ。一通り終わってから、検査技師のお姉さんに、「なんかおかしいところありました?」と聞く。「すぐに答えはできませんが、見る限りではそんなに変なところはないと思いますよ。」 と言われる。うーん、普通ならこういうとき喜ぶのだろうが、一度癌になった人間は、猜疑心が旺盛なので、「100%OK牧場!!」と言われない限り素直に喜べないのだ。

2003.11月12日(水)
らせんCT検査を受ける。
体を立体的に輪切りにする、らせんCTの検査を受ける。機械に寝て、わずか30秒間息を止めるだけ。当日の検査は私一人だったので、びっくり。なんで、これで1カ月待ちになるのだろう。検査結果は、12月17日に出ることになっている。
2003.9月24日(水)
ひさしぶりに、検査開始のために診察を受ける。

前回の検査から半年が経過したので、検査の始まりということで診察に行く。5月に行ったきりなのでひさしぶりだ。で、そんなことはどうでもいいのだが、受け持ちのK山Drが転勤で、担当がN浦Drに変わっていた。ものすごく混んでいたようで、3時間30分ほど待って診察室に入る。これから、5月にした、CT、エコー、胸部らせんCT、血液検査、検便をしていこうということになるが、遅い検査は11月でないと予約が入らないと言うので、検査も2カ月かかることになる。大きな病院はやっぱり時間がかかるなぁ。当日についての詳細は、日記をどうぞ。

2003.5月28日(水)
CEAが1.2、CA19−9が4.0で異常なし。

午前中に成人病センターに検査の結果を聞きに行く。相変わらず混んでいて、予約時間より40分くらい遅めにいったけど、それでも1時間近く待つことになる。で、診察室に入ったら、K山Drがレントゲンフィルムをフムフムと言いながら見ていかれる。そのほかの検査結果にも目を通されて、「レントゲンも異常なし。潜血もなし、腫瘍マーカーもCEAが1.2で変わらず、CA19−9も4.0で異常なし。ですなっ」と言われたので、ホッとしていたら、先生が私のお腹を見られて「また太ったのではないですか?」と鋭い指摘。「せっかく癌が治っても、そのままだったら別の成人病になりますよ」と言われた。確かに、おっしゃるとおり。m(__)m参った。

2003.5月15日(木)
造影による胸部CT検査。

造影剤を打っての胸部CT検査を受ける。もう何度も造影剤を打っているけど、やっぱり気持ちのいいものじゃない。静脈から入った薬剤がいったん心臓に入ってから、一瞬のうちに動脈を通って全身に流れていくのだ。身体が瞬時に熱くなってポカポカとするのだけど、この薬が間違っていて毒物だったら瞬時に死ぬのかなぁ、などと考えたりするのだ。昨日との検査をあわせて、28日に運命の審判が下るのだ。

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2003.5月14日(水)
らせんCT検査を受ける。

らせんCTの検査に行く。今回検査を受けるのは二人だけだったのでスムーズに済むなぁ、と思ったら、私の脂肪が邪魔になって映りにくいというので、再度撮り直しになる。こりゃまた失礼(^_^;) 同時に血液検査(腫瘍マーカーを含む)を受け、さらに潜血反応を見てもらうため、昨日から2日分の検便を持参。(食事中の方御免)

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2003.3月5日(水)
抜糸してもらった\(^O^)/。

夕方3時30分から成人病センターで診察。3時予約でも5時くらいになることがあるので、今日は4時に行ったら、なんとドンピシャ。すぐに名前が呼ばれる。
リザーバーを取り出すためにレーザーメスで切った傷口は、もうしっかりとくっついていたので、すぐに抜糸してもらう。明日になればもうお風呂に入っていいそうだ。嗚呼、ちゃんとお風呂に入るのは、11日ぶりだ。嬉しい(*^_^*)。
あとは、いつものように抗癌カプセル剤のフルツロンカプセル200をもらう。そして、次は定期検診だが、5月の中旬にらせんCTや腫瘍マーカーなど一式の検査を受けることになる。 今日も前回同様、事務所から森ノ宮の病院までの行き帰りを自転車で往復したが、なかなか気持ちよかった。

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2003.2月25日(火)
ガーゼ交換してもらう。

昨日切った傷口に当てたガーゼを交換してもらうために、大阪府立成人病センターへ。再診受付を済ませて、待っているとすぐに呼ばれて「処置室」へ。普通は防水性の大きなバンドエイドを当ててもらうそうだが、それはいつも肌がかぶれるタイプのものだったので、またまたガーゼにしてもらった。そのため、本来なら傷口をそれほど気にせずに、シャワーできると思ったら、傷口が濡れないように注意しながら部分だけを洗う窮屈なシャワー浴になってしまった。次回は金曜日にもう一度ガーゼ交換をしてもらうのだが、そのあとは問題なく日常生活ができそうである。

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2003.2月24日(月)
リザーバー除去手術を受ける。
私の体の中(右腰下)に埋まっていたリザーバー。
わずか2ヶ月間だったけどご苦労様。

動注療法のリザーバーも使えなくなってしまったので、今日手術で出してもらいました。朝9時前に入って、外来から中央手術室へ案内される。着替え室ですっぽんぽんになって手術着に着替えたのはいいが、ぜんぜん隠れるべきところが隠れていない。よく見ればサイズがM。そりゃあかんわ、ということで大きなものに取り換えてもらう。
そのあと付き添いの看護師さんに案内されて手術室へ向かうが、いつもストレッチャーに載せてもらって来ているので天井の景色しか知らなかったが、今日は中までよくわかった。結構たくさん部屋があるようだ。1室にはいるとY沢先生が出迎えてくける。今日はK山先生とお二人でしてくれるらしい。ベッドの上に横になって、いつものように心電図や血圧計を付ける。顔の前には布が垂らされる。「血などが飛んではいけないので」と説明されるがどう考えても患者が傷口をみて卒倒しないようにという配慮にしか思えない。もちろんあった方がいいのだが。しばらくしての山先生が来られてすぐに手術が始まる。まずは、いちばん痛い麻酔である。腰のあたりにチクッとする針の痛みのあと、そこから神経を押し出すような何とも言えぬ痛みがして、しばらくすると何も感じなくなる。そのあと電圧の音(?)がしてレーザーメスで体を切っているようだ。もちろん痛みは全然ない。その後、リザーバーの埋まっているあたりをもそもそとかき分けたり、引っ張られるような感覚はあるが痛みはなかった(でもあまり気持ちのいいものではなかったけど)。途中、一度だけ痛いところがあったので、申告すると麻酔を足してくれた。
今回のリザーバーは体の深い位置にあるので、出すのに苦労して1時間はかかるかなと付き添いの看護師さんと事前に話していたが、なんのことはない30分で終了してしまった。事前に経験者である多摩ウィンドフィルハーモニーオーケストラのM屋さん(管理人の闘病記参照)にメールして、「すぐに終わるから大したことないですよ」と聞いていたが、ほんとに大したことはなかった。待合いにいた奥さんも「もう済んだの」という感じ。自分でレントゲンやカルテの入った包みを抱えて、外来外科診察まで戻って、会計を済ませて、薬をもらって終わりである。10時30分には病院を出る。ほげんこっつぁ〜、簡単じゃったー。というわけで、上の写真が体の中に埋まっていたリザーバーである。直径は一番大きなところで3.2cmありました。

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2003.2月5日(水)
すべて異常なし。

大阪府立成人病センターで、前回の検査結果を聞きに行く。肺もCTで異常なし、胃も内視鏡で異常なし、エコーによる内臓もとくに異常なし、そして退院後はじめての腫瘍マーカーもとくに異常がなく、CEAの数値も1.4であった。「退院時に1.8だったのが、下がったのですか?」とうれしそうに聞くと、K山Dr曰く「1.4も1.8も変わらない。それくらいの誤差はあるからいっしょだよ」とバッサリ。でも、前回のように徐々にマーカー値が上がって来ることを経験した私としては、たとえわずかでも下がっていると言うことは、うれしいことなのだ。 まぁ、退院後4カ月だから再発していないのは当然かもしれないが、やっぱりひとつの区切りということで、よかった、よかった。
先生にリザーバーのことを相談すると、「もう使い物にならないものだから、いつとってもいいよ」と言われた。でも、今は月曜日だけの外来手術でかなり混んでいるため3カ月待ちかも、といって調べてもらったらなんと2月24日に空きがあったのでさっそく入れてもらった。診察が終わったのが5時30分だったので、もう院外処方も閉まっているとのことで、院内処方で薬をもらって帰る。

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2003.1月27日(月)
らせんCT・エコー・血液検査を受ける。

朝から大阪府立成人病センターに行く。まず、腫瘍マーカー(CEA・CA19−9)を含む血液検査を受ける。そのあと、らせんCTという検査をはじめて受ける。これは、病院に横付けされたバスの中に検査装置がある。検査自体は通常のCTと変わらないが、肺を一気(20秒程度)にらせん状に撮影して肺ガンを見つけるためのものだ。そのあとエコー検査を受けて今日は終了。予約してある検査ばかりだと、スムーズにことが進んで、午前中ですべて終了した。

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2003.1月22日(水)
検査結果を聞くのために病院へ。

今日は午後3時から診察。遅い時間にしてくれているなぁと思ったら、やっぱり私が一番最後の患者だった。すこしでも待ち時間が少なくなるようにという先生の配慮なのだと思っていたが、やっぱりこの病院は相変わらず混んでいるから、そんな時間帯でも結局1時間30分は待つことに。
診察の方は、カメラの先生が言っていたように「とくに異常なし」。あとは、定期的に術後の経過観察をしていくのだが、来週の27日にその最初の検査となる「らせんCT」「腫瘍マーカーの血液検査」「エコー検査」がある。
もう化学療法も終わったので、「これまでのように運動を始めていいか」尋ねると、別に問題ないと言うことなので「さぁ、動けるぞ」と思ったが、念のためマッサージなども受けても良いかと尋ねたら、マッサージは強く押す人もいるから、管の入っているあたりが傷ついて動脈出血してもいけないので、止めたほうがいいと言われる。うーん、やっぱり腹部に圧力のかかることなどは注意しなければいけないのだ。がっかり。(x_x)

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2003.1月16日(木)
胃カメラ検査、異常なし。

今日は10時30分から予約していた胃カメラ検査を成人病センターで受ける。胃カメラはこれまでもう何度も飲んでいるが、いつも気持ち悪くて苦しくて、まったくいい印象などなかったが、今日の先生はとても上手で、ストレスなく受けることができた。最初の入りにくいところでは「はい、唾を飲み込んでー」と言われたのでそのようにするとすんなり入る。これまでの先生はだいたいがただ「えずかないでください」というのだが、なかなかそういうときには我慢できないものだ。でも、今日の先生はそうなる前に「唾を飲んで」とか「はい、そこで肩の力を抜いて」とか、「はい、ここでちょっとひきつりますよ」とか、手際よく事前に指示を出されるのでほんとうにうまくいった。たぶん、毎日何年もこの検査をされているのだろう。老人もたくさん来られていたが、そういう人を相手にしているから当然上達するのも早いのだろう。まあ、とにかく胃カメラ嫌いがちょっとは治ったようだ。それに、カメラのファイバーもこれまで受けてきたものより幾分細く感じだが、それもすとれすがなかったからだろうか?
で、普通だったら「この結果は主治医から」と言われるのだが、今日はその先生が「何の問題もないですよ」と教えてくれた。風邪の薬や逆流性食道炎と言われた箇所も少し赤みがある程度で何の問題もないとのこと。さらに、一番の問題である動注療法の管によるトラブルも全くないそうである。もちろん、胃癌や食道癌などもないとのこと。よかった、よかった。

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2003.1月10日(金)
CTは異常なし。

成人病センターで予約するとかなり遅くなるし、病状からして早く検査したほうが賢明であるというK山Drの判断のもと、大阪府立体育館の近くにある I 野医院を紹介してもらってCTを撮りに行く。人間ドックを専門にしている病院だけあって、検査は手慣れたものだったが、何かものすごく冷たい印象だけが残った。うーん、うまくは言えないけど、患者をものとして扱っているという感じかな。まぁ、あそこだけがそうではないけど「医は仁術」というのをはき違えて、偉そうにしているところがなんと多いことか。余談だけど。
検査後受付ですぐにフィルムをもらって、そのまま成人病センターへ。今日はK山Drの診察日ではなかったが、外来の受付から呼んでもらって空いている診察室へ。で、CTの結果としては特別な異常所見は見られていないので、このまましばらく経過観察ということになる。当初は、激しい運動はしてはいけないが月が変われば徐々にしていいらしい。
動注療法は中止になったが、それ以外の全身に抗癌剤(5FU)などを2年前にM原病院でしたようにしてもらえないか提案するが、それよりは今回の動注のほうが効果があると却下される。

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